感謝と不平不満
おそらく道教思想の言葉だと思いますが
「自分の顔の○○が気に入らない」「うちの会社は○○が不満だ」など、欠けた部分にばかり目が行く人を『谷の人』=俗人といい
「五体満足で感謝している」「うちの会社は○○が良く有難い」など、ありがたいことに目が行く人を『山の人』=仙人と呼ぶようです
仙人とは長く山で修業した素晴らしい思想をもつ人というイメージですが、実際は『陽の目で物事を観れるようになった人』なのかもしれません
皆が一生懸命に働けば働くほど世の中は便利で快適に良くなっています
不平不満ばかり言う人に比べ「世の中どんどん快適になっていく!ありがたいな!」と周りを見るようになるには確かに修業がいるかもしれません
誰もが不平不満を一切口にせず、感謝の言葉があふれれば世の中は素晴らしく快適になりそうですが、大なり小なり不平不満は必ずあります
「光ある所に影があり」のように、陰と陽は一体のようです
マイナスエネルギーが社会を押し上げる
感謝思考が幸福度を上げることは、かつて世界一幸福度の高い国としてブータン王国が有名です
「食べるものにも、着るものにも、住む家にも苦労していない!なんて幸福なんだ!」とブータン国民の皆が口にしていましたが、スマホの普及により「他の国はこんなに贅沢な生活をしている!」とわかると不平不満が爆発し、一気に幸福度は下位まで下がります
ただ、戦後の日本がそうであったように「アメリカ人のような生活がしたい!」という負の欲求がどんどん日本を豊かにしていきました
不平不満のマイナスエネルギーは豊かな社会を実現するエネルギーになります
「テレビや車が欲しい」などは俗人のエネルギーなのかもしれません
こちらは主に物質欲・快楽欲を満たすようです
仙人のエネルギーは心の豊かさや教養・知性などの無形のものを満たします
欠けた部分に不平不満を抱けば豊かさを求めるエネルギーが発生し
感謝の目で周りを見れば心を豊かにしてくれます
心の豊かさだけ追求する国であれば、快楽・娯楽はなくなり、企業の多くが消滅しそうです
プラス電流・マイナス電流を交差させながら私達は生きているのかもしれません
山の人も谷の人も必要
より便利で快適なもの、より便利で快適なサービスが日に日に増えていき、世の中はどんどん良くなっているのですが、喜ぶのは最初のうちですぐに当たり前になってしまいます
この辺が人間の物欲の強さです
先日も「あそこでパスタ食べるなら冷凍食品の方が美味しいよ」と言われ「今はそういう時代なのか」と気づかされました
言われてみれば冷凍食品専用の冷凍庫が数種類売り出されています
「このアプリ便利だよ!」
「こんなサービスがあるよ」
人の欲求の強さに応えるべく次々により便利で快適なものが世に出てきます
俗人のエネルギーは豊かで快適な社会をつくってくれる反面、人と比較して欠けてる部分から不平不満を発生させます
仙人のエネルギーは心の豊かさや知性を高次元なものにしてくれますが、豊かで快適な社会には貢献しそうもありません
東洋思想の核は『中庸』といいますが、この2種類のバランスをとりながら幸福を追求していくべきなのかもしれません
高僧であれば仙人の思想のみで生きられますが、われわれは半俗人・半仙人で無理のない生き方の方が幸福の近道のような気がします
本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました