人は辛い経験を糧にできる
「子供が傷つかずに大人になることはない」といいます
子供が傷つかないように大人はいろいろ配慮しますが、現実問題それは難しく、時が経てば子供も「辛かったけど必要な経験だった」と悟るようになります
人間以外の動物は『10時間ぐらいしか記憶力がない』といいます
人間は辛いことも嫌な経験も忘れずに記憶しています
これは『辛い経験を糧にできるから』だと言われています
逆に『辛い経験をずっと覚えているから、乗り越えようと知性が発達した』とも見れます
辛い経験を糧にできなかった場合、トラウマになるのかもしれません
大概の企業の新入社員入社研修では「知識」「やり方」とは別に「考え方」を独自に教育しますが、その企業の仕事内容・社風から辛い・苦しいことがあると思いますので「いかにそれを乗り越えるべきか」を先に伝授しておくのだと思います
ノルマがキツイ
アイディアが行き詰る
顧客のクレーム
全国転勤
などなど、その企業独自の悩みがあります
強引に抑え込もうとし過ぎると『洗脳』になったりします
考え方で苦痛から逃れる
哲学者のエピクテトスは
幸福への道は一つしかない
それは自分の力ではどうにもならないことについて悩むのをやめることである
と説いています
ドラッカーも『強みで勝負すること!弱みで勝負することは頭痛のタネになるだけ』と述べています
何か事が起きた時に『これは自分の力でどうにかなるか否か』をまず考えるということが大切だということです
ビジネスで勝負するなら『自分の強みは何か?』を把握することです
アントニオ猪木さんが異種格闘技戦をする時に「相手は打撃が強いのか?投げや関節技が得意なのか?」をまず把握して、自分の得意な分野に持ち込んで勝負していました
また、悩みは人と比較することから生まれます
以前は『幸福度世界一』と言われたブータン大国が、幸福度を大きく下げた要因がスマホの普及です
「他の国はこんなにいい暮らしをしている!」と知ること⇒比べることが出来るようになったことが、大きく幸福度を下げることになりました
「自分は自分人は人」
「ボロは着てても心は錦」
など考え方を変えて克服している人もいます
幸福になるには知性が重要なようです
日本人の宗教観
日本人の宗教観というと「無宗教」のように考えている人も多いです
もともとは『八百万(やおろろず)の神の国』で、山には山の神、海には海の神がいて、ありがたい恵みがあるという自然崇拝の国でした
神道には経典がありません
大陸から仏教が伝わってきても「8百万の神様がいるんだから一人くらい追加してもいいよ!お葬式担当にしよう!」という寛大な対応だったと思います
仏教が生まれたインドではヒンドゥー教が強く、カースト制度による身分制度がありましたが「生まれた家柄の身分でなく、考え方が立派な人が人の上に立つべき」という発想から生まれた仏教は、一人の神様を崇拝するのではなく『良い考えを身につけることによって苦痛や悩みを乗り越えていこう』という、宗教というより哲学のようなスタイルで広まります
イエスキリストやアッラーの教えを絶対視する他の宗教とは少し違い『良い思想であればどんどん取り入れる』というのが日本人の宗教観です
苦あれば楽あり
なせば成る
朝の来ない夜はない
失敗は成功の母
解決できない問題はない
世界は自分を映す鏡
明日は新しい日だ
意匠惨憺
下学上達
一意専心
一粒万倍
長い考え方から四字熟語まで、さまざまな良い考え方を取り入れてバージョンアップすることにより、悩みや苦痛から逃れていきます
この日本人のスタイルは大災害にあった時などの窮地に現れます
暴動も、火事場泥棒などもほとんど起こらず
「もっと困ってる人がいるのだからそっちを助けてやってください」
などという言葉が多く聞かれ、世界は驚きます
無批判に一つの宗教にすがるのではなく、一人の神様を崇拝するのではない日本人の宗教観は、一種の哲学にも見えます
本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました